「分配パラダイム」とはアイリス・M・ヤングが『正義と差異の政治』(1990)で使った用語だが、分配という方法に限定する議論に対する批判的な視座は、N・フレイザーの承認論や、E・アンダーソンの1999年の論文、J・ウルフの議論などにも共有されている。
分配的正義論は所得格差という結果を再分配で是正する方法であり、格差が生ずるプロセスを問題化できないこと、また個人に対する補償という方法の問題点(集団の差異・承認の契機の看過)、差別を扱えない等といった論点が提起されている。
ヤングの2006年の論文は、その要点をロールズの「基本構造」の範囲をめぐる検討としてまとめている。この問題意識自体は、「補償パラダイム」という語を使ってcash termによる貨幣置き換え一元論を批判するウルフ & デ-シャリットのdisadvantageにも部分的に共有されていると言えるし、インセンティブ論/エートス論にも――こちらはおそらく意図されてはいないだろうが――部分的に共通する点がある。
Young, I. M. 2006 “Taking the Basic Structure Seriously,” Perspectives on Politics (2006), 4: 91-97